「いらっしゃい。何にするね?」
航海を終えてリスボンに帰ってきた俺は、荷物をさばくとすぐに酒場へと向かった。
「…」
酒場の親父のあいさつも半分聞き流して、隅のテーブルあたりにいるはずの娘の姿を探す。
「…あの娘なら今日は来ていないぞ。」
親父が俺の前にラムのグラスを置きながら言う。
「ずいぶんと入れ上げてるじゃないか。」
にやりと笑う親父。
リスボンに帰る度に彼女を買っているだけだ、俺に他意はない…はずだ。
「何だよ、それは。」
笑いながら答えるが、禁欲してもてあまし気味の性欲をどう処理しようか悩む。
「お前さんがだいぶ投資してるおかげで、無理に商売しなくてもいいって本人は喜んでたがな。」
目の前でコップを洗いながら親父が言う。
たしかに、最近彼女に払った金を全部あわせればちょっとした額にはなりそうだ。
「それで来てないのか?」
俺の問いに親父が横に首を振って答える。
「そろそろあんたが帰ってくるころだからって昨日あたりも顔出していたがね。まあ、今日はあんたにも商売できない日なんだろうよ。」
コップを棚に戻しながらくっくっと親父が笑う。
「もう、マスターったらいやらしい。」
クリスティナが親父をたしなめる。
「悪い娘じゃないし、もともとあんな仕事しなきゃならない娘じゃないんですから。」
それなりに酒場娘ともうまくやってるようだが、その言葉に引っかかりを覚える。
「…どういうことだ?」
親父に水を向ける。
「んー…」
顎に手を当てて、少し考える親父。
クリスティナがそっと離れる。
「1年ほど前、マディラで商船が襲われたのは知ってるか?」
知らないわけがない。
海賊が出るのはいつものことだが、半年前のは特にひどい話だった。
「知らないわけがないだろが…商人も船員も皆殺しにされたアレだろ?」
最近は海賊も商人もある意味慣れあったもので、積荷と金のある程度を差し出せば生命までは取らないのが普通だった。
それが、1年前のマディラの時は違ったのだった。
「それと、あの娘と何か関係が?」
頭の働きがラムで鈍っていたのか、すぐに察することができないで問い返す。
「実はいたのさ、一人だけ、生き残りがな。」
初めて聞く話だった。
「本当かよ…って…まさか。」
さすがにラムの回りつつある頭でもわかった。
「そう、あの娘が生き残りさ。」
やれやれと親父が頭をふる。

「殺された商人の娘だったんだがね、親父の船に乗ってマディラ行く途中だったそうだ。」
親父が話を続ける。
「どうやって、助かったんだ?」
確か襲った海賊は海軍に討伐されたらしいが。
「そりゃ、若くてかわいい娘だもの、すぐに殺すようなもったいないマネはしないさ。」
どうも、俺の想像通りらしい。
「海軍が海賊船に斬り込んだ時、身体の内外めちゃくちゃにされて、船首に縛りつけられてたとさ。」
俺にラムをもう1杯勧めながら親父は言った。
「捕まってから5日くらい経ってたらしいが、よく生きてたもんさ。半分死にかけてはいたらしいがね。」
海賊に捕まった娘がそれほどの目に遭って、確かに生きていたのは奇跡に近いと思う。
「しかし、何でまた身体なんか…」
それなりに資産のある家の娘だったのだろうと疑問に思う。
「親父はサメの餌で、商売道具の船は海の底、客への損害の賠償に、婚約者とは破談と…まあ、このくらい踏んだり蹴ったりなら、後は身体でも売るしかないだろ。」
親父がいやな話だと言って、ワインを煽る。
「やりきれない話だな…」
俺もラムをぐいと飲み込む。
確かに彼女は抱いていても、話をしていても確かに娼婦らしくないところのある娘だった。
だが、いまの話を聞いて腑に落ちた。
「まあ、どうやらあの娘はあんたのことを気に入ってるみたいだし、あんたが入れ上げてるんなら、少しは助かるだろうよ。」
いやに真剣な顔で言われるとこちらも何やら恥ずかしい。
「なにを言うのやら。」
つまみを頼みつつ答える。
「好きでもない男に身体売ってるよりかは少しはマシってことさ。」
親父が軽く答える。
「まあ、本気の相手じゃないんだろうがせいぜい夢を見させてやってくれ。幸せな娘じゃねえんだ。」
親父の言葉がいやに重く感じられる。
…聞いてしまった以上、全く気にしないでいられるほど俺はタフじゃないのだ…


ポル娘さんちょっと昔のお話〜
船首像のごとく縛りつけられております(爆)
まあ、逆向きですけどね

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