その勇者 投稿者:でんべえ

 父の二の舞にならぬように、仲間を連れて行くが良い。
 そう、国王から助言を受けた。
 だけど、私はあえて一人で旅に出た。
 関係のない者を巻きこみたくないから。
 どうせ魔王征伐についてくる者なんていないから。
 父にできなかったことをやり遂げたいから。
 理由らしきものはいくらでもある気がした。
 しかし実際のところはそのどれもただの詭弁でしかなく、本当の理由は極めて単純な、
 (集団行動は苦手……)
 という極めて私的なものに過ぎなかった。
 一匹狼。
 私というはこの一言で説明がつくだろう。
 勇者と呼ばれた父オルテガが死んだ時、すでに私の道は決まっていた。
 父の後を継いで、勇者となる。
 ただ、それだけ。
 そんな漠然とした曖昧な目標に向けて、私の少女時代は終わった。
 剣術の稽古に魔法の勉強、モンスターや旅するための知識。
 お人形を遊びをしたり、友達と恋の話を囁きあう代わりに、私はそういったものだけをギュウギュウと詰めこまれていった。
 別に、それを怨んではいるわけではない。
 元々私は木剣をオモチャ代わりに、スライムやオオガラスといったモンスターを遊び相手にしてきたのだ。
 遊びとはいうが、相手は雑魚クラスとはいえ犬や猫ではなく、れっきとしたモンスター。
 下手をすれば命に関わる、危険なゲーム。
 そんなものを一緒にやってくれる友達なんかいるはずもなく、私はいつも一人だった。
 だから、一人で旅に出たのもごく自然なのことだったのかもしれない。
 少なくとも私にとっては、そうだった。
 「私はあなたを男の子にも負けないように育てたつもりよ」
 十六歳の誕生日。王宮へと向かう道で母はそう言った。
 当たり前だと内心では笑った。
 幼い頃から呪文の修行、武術の訓練漬けだった私は、この時すでにアルミラージやキャタピラークラスならば瞬殺できるレベルにあったのだから。
 モンスター全体の中では低レベルなものとはいえ、一般人には脅威に値する魔物ども。
 この平和なアリアハンにあっては、危険度の高い怪物たち。
 それらはすでに私の敵ではなかった。
 何匹群れになろうとよほどのことがない限り、負けることはない。
 王の言葉もあって、一応冒険者が集まるというルイーダの店には行った。
 はっきり言って、雑魚ばかりだった。
 弱いモンスターしかいない田舎にくすぶっているような連中だ。
 期待などはなからしていなかったから、こんなものかと思った程度だけれど、何故父が一人で旅だったか、わかる気もした。
 こんな奴らを連れていって、何の役に立つものか。
 旅は苦しいものだったけれど、おおむね順調だった。
 一時期、一人の商人と旅をしたこともあったけれど、それをのぞけば全て一人旅だった。
 盗賊カンダタ。
 ジパングのヤマタノオロチ。
 サマンオサのボストロール。
 旅の途中でいくつもの強敵とぶつかってはきたが、一人で全て打ち倒して来た。
 苦しい戦いに勝つ度に心身に自身が刻まれた。
 例え、魔王が相手でも引けなどとるものか、と。
 でも、私は負けた。
 魔王バラモス。
 ドラゴンとも鳥ともつかない魔物どもの首魁の力はあまりにも強大なだった。
 私のちっぽけな自信やプライドは、まるで紙くずのように吹き飛ばされた。
 剣は折れ、盾は遠くに弾き飛ばされ、鎧も砕かれた。
 勇者の証たる聖なる雷の呪文も通じず、魔力もつきた。
 私は今、裸同様の無様な格好で、魔王の前に屈している。

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 大きい。
 魔王の巨大さに、私はただ茫然とするばかりだった。
 単純な肉体のサイズならば、いくらでも上手がいる。
 しかし、そんな瑣末なものではない、爆発的で暴力的な魔力の波動が、この怪物を十倍にも二十倍にも巨大に見せるのだ。
 殺されるか。
 すでに覚悟はできていた。
 もはや私に戦う力はない。
 蛇に睨まれたカエルのごとく、ただ食い殺されるのを待つばかり。
 ぐい、と魔王の手が私をつかみあげた。
 それだけで、全身の骨が砕けそうだった。
 邪悪な輝きを帯びた魔王の眼が、私をジッと見つめる。
 目をそらすことも、閉じることもできない。
 と、不意に魔王の眼に変化が起きた。
 そのドラゴンのごとき顔から、人間の私は表情は読み取ることができない。
 けれど、魔王の雰囲気が先ほどとと異なっているのはわかった。
 びりり……!
 魔王の爪が、わずかに残った私の衣服を破り去った。
 「あ……!」
 胸があらわになり、親以外に見せたことのない裸身が外気にさらされる。
 私は本当の意味で丸裸にされたのだ。
 残っているものは、額のサークレットのみ。
 魔王の顔が近づき、カッとその口が開かれた。
 地獄の釜のような熱気を感じて、私は思わず目を閉じる。
 だが、
 「むふう……!!」
 次の瞬間私はショックで目を見開いた。
 ぬめぬめとした、ナメクジのようなものが私の口の中にもぐりこんできたのだ。
 それが魔王の舌だと気づくのに、しばらく時間がかかった。
 (……これはキスなんだろうか?)
 口の中を弄ばれ、顔を唾液を汚されながら私は何故かそんなことを思った。
 キスなんてしたことはない。
 それ以前に異性との交流さえなかった。
 親しい異性といえば、父と祖父くらいのものだったから。
 犯される。
 最悪の予想が、ひどくあっさりと私の中に染み込んでいく。
 考えれば、それは当然のことかもしれない。
 もしも、あのカンダタに負けていれば同じような結末が待っていただろう。
 相手が人ではないという認識があったせいだろうか。
 例え熊や狼と戦い、敗れたとしても、食い殺されはしても犯されることなどないのだから。
 魔王の舌が私の全身を這い回って行く。
 肌がねぶられ、長い舌が蛇のように乳房を締め上げる。
 「うぎぃ…!」
 痛みに悲鳴を上げると、舌先が乳首を捕らえ、コロコロと飴玉のように弄ぶ。
 嫌悪感と恐怖。
 それと共に得体の知れない背徳感が快感を伴って私を襲う。
 「はぁ……ああ……。う、ああ…………!!」
 悲鳴とも嬌声ともつかない声が、私の意思を反して漏れていく。
 その度に、犯されるのだという実感が背中を走る。
 でも、どうにかしようという気力は沸いてこない。
 もはや私はただの負け犬でしかなく、助けてくれる仲間は始めから存在しないのだ。
 どうあがいても、運命は決まっている。
 犯され、殺されるだけだ。
 そう思うと、何故か母の顔が思い浮かんだ。

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 そして、
 「あ……!!」
 いきなり、身体が逆さ釣りにされた。
 股を割り開かれ、性器と排泄器官が魔王の前にさらけ出される。
 べちゃり。
 魔王の舌が私の秘部をなめあげた。
 「ひいい……!!」
 今まではまるで違う感覚と羞恥で、私は悲鳴を上げる。
 ぴちゃ、ぴちゃ……。
 じゅるるる……。
 しかし、魔王はそれを面白がるように、幾度も私の秘部を舐めしゃぶっていく。
 「ひいぃん……! うぎぃ、いやああああああ……!!」
 気が狂う。
 本気でそう思った。 
 しかし、逃げようにも魔王の巨大な手で捕らえられた私には、逃げる術などない。
 ただ無様な声をあげて、弄ばれるだけなのだ。
 「あひ、あひあひ……」
 悲鳴を上げつづけ、喉が枯れそうになる。
 涎と涙で、多分私の顔はぐちゃぐちゃになっていただろう。
 何度失神しそうになったかわからない。
 気がつくと、また体の位置が変えられ、魔王の顔が目の前にあった。
 魔王の両腕が私の腰を掴んでいる。
 不意に下半身に違和感が走った。
 驚いて、下を見ると巨大なワームにも似た、魔王の怒張が眼に映った。
 私の身体は天をつく凶器の向けて降ろされていく。
 「い、いやあ……!! やめてえ!!」
 無駄だと悟っていながら、私はそんなことを叫んでいた。
 当然魔王は私の言葉など無視して、いや、むしろわざとゆっくりと――私の中に怒張を打ちこんでいく。 
 「ぐう……ああ!!」
 身体が裂ける。
 私の肉がちぎれていく。 
 もう先の蹂躙のような快感も背徳感もない。
 下半身が焼け爛れて行くような痛みだけが全てだった。
 今自分を犯している魔王の顔さえも認識できない。
 もはや本能的に、必死で逃げようと腰を動かす。
 しかし、それはより痛みを助長させるだけだった。
 魔王の手が私の臀部をしっかりとつかみ、狂暴な動きで怒張を打ちこみ続ける。
 「う…ぎゃあ……!!」
 「ぎひい……!!」
 「ぎあああ……!!!!」
 耳に入るのは、自分自身のケダモノじみた叫び。
 そして、私の痛みなどまるで関係ないかのような、肉と粘液の絡み合う淫靡な音だけ。
 時間の感覚などとうの昔に消し飛んでいた。
 痛みと苦しみだけが続く無限地獄。
ごぼごぼと音を上げながら、熱いものが私の中へと流れ込んで行く それは唐突に終わりを告げた。
 私の中で爆発が起こる。
 ごぼごぼと音を上げながら、熱いものが私の中へと流れ込んで行く。
 痛みはまだ続いている。
 だが、私は全身の力を抜けていくの感じながら、身体を前に倒して行った。
 魔王の巨大な身体に、顔をうずめるようにして。
 男女の営みを知らなかった私も、今の自分がどうなったのかはおぼろげに理解を出来た。
 完全に犯され、穢されてしまった。
 でも、もはやそれもどうでもよくなっていた。
 どうせすぐに死ぬのだ、と確信していたせいかもしれない。
 「勇者よ――」
 私の捕らえたまま、魔王が口を開いた。
 思えば、この行為が始まってから最初に聞いた声かもしれない。
 「我が子を産め」
 その言葉の意味を、その時の私は理解できなかった。
 ただ、陵辱されたという屈辱と、残忍で淫靡な熱気で、呼吸をしているだけだった。

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 それから。
 私はただ朝も夕もなく、魔王に犯され、子種を注ぎ込まれ続けた。
 幾度も逃げ出そうとしたが、その行為は全て徒労に終わった。
 犯された後、他の魔物どもにも犯されるだろうと覚悟はしていたのだが、それはなかった。
 何故殺されないのか。
 どうしてこうして生かしておくのか。
 それを疑問に感じながら、私は奴隷としての日々を送っていた。
 首輪をはめられ、裸同様の、まるで何国の踊り子のような格好をさせられて。
 私のすることといえば、魔王の給仕をさせられ、犯されることだけだった。
 勇者の娘が魔王に犯され、奴隷として奉仕させられている。
 絵柄としてはたいしたものだろう。
 魔城での待遇は、そう悪いものでもなかった。
 一体誰が取ってきたものかはしらないが、食事は果物や木の実中心で、奴隷としての身分をかんがみれば十分なものだったし、
 魔王の給仕という仕事のためか、衣服も毎日変えられ、身体を洗うことも許されていた。
 それだけに、余計に向こうの意図がつかめなかった。
 懐柔などという生易しい手段を取る相手でないことは理解している。
 だから余計に不気味で、不安だった。
 そんな生活が三月も続いただろうか。
 その日――
 「妊娠してますね」
 その一言で私は凍りついてしまった。
 言ったのは、城で医師代わりをしているエビルマージの一人。
 全身を包み込むローブのせいでわからないが、私と同じ女だ。
 妊娠。
 子供の父親は一人しか考えられない。
 私を犯し続けている魔王。
 その事実に、私は途方にくれた。
 本当にどうしていいのか解らない。
 そして、初めて犯された時の魔王の言葉を思い出した。
 魔王の子を産む。
 それはどういうことになるのだろうか。
 本当に、人と魔の間に子が出来るということがあるのだろうか?
 長い旅の途中、魔物に犯された女の話は聞かないでもないが、妊娠したという話は聞いたことがない。
 ある魔法使いに聞いたところ、それは生物学的に極めて起こりにくいものだという。
 本当に万に一つと言うことらしい。
 ならば、私の場合は、その万に一つなのか。
 無意識のうちに、私は腹に手を当てていた。
 この中に、新しい命が宿っている。
 それも、世を震撼させる魔王の子が。
 「それでは、わたくしはバラモス様にご報告してまいります」
 エビルマージは私の返事も聞かずに部屋を出ていった。
 もっとも奴隷に過ぎない私が、何を言っても無駄ではあっただろうが。
 いつしか瞳から涙がこぼれ落ちて行く。
 この涙は母になる喜びなのか。
 それとも、おぞましい魔物の子を孕んでしまったという痛苦なのか。
 自分のことであるのに、わたしにはそれさえもわからなかった。
 「子供ができた……この、私に……」
 つぶやきながら、私は腹を撫でさする。
 どくん。どくん。
 わずかな振動が、胎内から手の平へと伝わってくる気がした
 (ああ、生きている……)
 私はほうと嘆息し、瞳を閉じた。

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 私の妊娠がわかってから数日も経たないうちに、城内は異様に慌しく殺気だった雰囲気に包まれたようだった。
 ようだった、というのは私は認識が明らかになってからすぐに、城の奥深い部屋へと移され、城内の様子はほとんど知り得なかったから。
 それでも、やはり雰囲気というものは伝わってくるし、部屋の窓から魔物たちが忙しなげに飛び交うのが見える。
 何かが起こっているのは、嫌でもわかった。
 奥の部屋に移されてから、私は魔王に呼び出されることはなくなった。
 それでも特に待遇が変わるわけでもなく、むしろ犯されることがないので心身が疲労することもなかったのだ。
 どこかの国に攻め込むつもりなのか。
 もしも――あの魔王が直接魔物を率いて攻撃をしたのなら、どんな強国であろうともひとたまりもあるまい。
 まして、アリアハンのような田舎など紙屑のようなものだろう。
 そんな不安を抱えて過ごすうち、
 「魔王が地下世界へ行かれる」
 という話を耳にした。
 話のもとはあの医師代わりのエビルマージである。
 どうも事情がよくわからないが、アレフガルドとかいう地下にある世界に戦争を仕掛けると言うのだ。
 しかも、そこを支配するというもう一人の魔王に。
 バラモスの他にも、魔王がいたのか。
 その事実にも驚いたが、そいつと戦争をするという話にはさらに驚いた。
 エビルマージの話からして、その魔王はバラモスよりもさらにキョウダイな力を持つと言う。
 そんなものを相手に戦争をするほど、地下世界は魅力的なのか。
 私は複雑だった。
 もしも、その魔王との戦争でバラモスが死んだらどうなるのだろう?
 私は自由になれるのか?
 それに、お腹の子供はどうなるのだろう。
 産んだところで無事に育てられるのかわからない。
 いや、そもそも無事に産めるのか。
 人間の私が育てることができる存在なのかすらわからない。
 それどころか、いずれ私の腹を食い破ってくるかもしれないのだ。
 それでも、それでも堕ろそうなどは考えられないのは――母性本能というものなのだろうか?
 あるいは何故か、何の問題もなく産めるという、根拠のない確信のせいだろうか?
 この確信がどこからくるものかはわからない。
 けれども、魔王の起こそうとしている戦争は、私の心に大きな陰りを落とした。
 魔王同士の戦争。
 それは、一体どんなものなのか。
 想像すらつかない。
 私の心とは裏腹に日々は流れていき、その日ついに魔王が黒雲のごとき軍勢を引き連れて、山々の彼方へ飛んでいった。


 それから数ヶ月。
 巨大な地鳴りが響き、地下世界へ続くギアガの大穴が閉じられたという話が伝わってきたのは、私が産まれたばかりの赤子に乳を与えている時だった。



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 ギアガの大穴が閉じた後、世界はあっけないほど、平和を取り戻した。
 いまだにあちこちで暴れる魔物もいないではないが、それらも熊や狼と同程度のものだ。
 魔王の巨大な魔力による統率がなくなった今、魔物の大半は軍団としての機能を失い、ただの獣同様となってしまった。
 アンデットたちは本来の死体に、リビング・アーマーたちはただの古びた鎧に戻った。
 エビルマージなどの知能の高いモンスターはバラバラに散り、それぞれ森や山、あるいはダンジョンの奥にこもってしまった。
 その隠者のような生活こそが、彼らの本来の生きかたなのかもしれない。
 私はしばらくの間、主のいなくなった魔王の城で過ごしていた。
 子供を産んだばかりで、すぐには動けなかったせいかもしれない。
 主がいなくなったというのに、医師代わり(出産時には産婆代わりもした)のエビルマージは以前と同じように私の世話をしてくれた。
 何故かと問う私の問いに、彼女は一度も答えはしなかったけれど。
 身体がいくらか回復すると、私はこの城を出ることに決めた。
 城の宝箱の中にはいくつも使えるものがあったし、キメラの翼もあった。
 私が城を出る日、エビルマージは私の身送りに立ってくれた。
 ほとんど、がらんどうの魔王の城の中、いるのはどこに隠れていたのかわからないはぐれメタルと、私たちだけだった。
 「故郷に、帰るんですね」
 エビルマージは何を考えているのかわからない声でそう言った。
 「あなたは、どうする?」
 「私は……ここに残ります」
 「魔王はもう……」
 「ええ。帰ってこないでしょうね」
 「なら」
 「ここにいれば、うるさい人間たちもまずこないですから」
 どうして、と言う前にそっけない言葉が返ってきた。
 「あなたには、世話になった。ありがとう……」
 「別に」
 私の感謝の言葉にも、エビルマージはあくまでそっけなかった。
 「……それじゃあ」
 そうして、私がキメラの翼を取り出した時だった。
 「……母さま」
 幼い声がした。
 この魔王の城にあまりに場違いな声、そして言葉。
 それを言うなら、赤ん坊を抱いた私自身がもっとも場違いなのだろうけど。
 それは、エビルマージと同じデザインのローブを来た小さな男の子。
 浅黒い肌に、ルビーのような紅い瞳。
 私はその子供を見た瞬感、不思議な感覚を覚えた。
 どこか見覚えがある気がした。
 「ここに着てはダメだと言ったでしょう?」
 子供をたしなめながら、エビルマージは自分のマスクをとった。
 男の子と同じ、浅黒い肌に燃えるような紅い瞳。
 でも、その耳だけは違う。
 (ダークエルフ)
 まさか、こんなところでダークエルフを見ることになるとは意外だった。
 男の子がエビルマージ……いや、ダークエルフのそばに並ぶ。
 こうしてみると、本当に親子なのだと理解できる。
 しかし、男の子と母親の容姿の微妙な違いは何だろう?
 同じダークエルフの子ではない……ということなのか。
 そう思った時、唐突の男の子の顔に、私の見知ったある男性との顔が重なる。
 そして、ダークエルフと目が合った。
 何か全てが解った気がした。
 「さようなら……」
 別れを告げ、私はキメラの翼を天へ放った。
 ふわり、と身体が浮き上がる。
 空へと舞い上がる一瞬、私は男の子の顔を見つめた。
 亡き父、勇者オルテガによく似た少年の顔を。

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 草原を凪いでいく風の中、私は今生まれ故郷を目の前にしている。
 その腕に我が子を抱いて。
 魔王との間に生まれた子供。
 でも、この天使のような寝顔を見れば誰もそうは思わないだろう。
 キメラの翼によって空を飛んでいる間も、何事もないような顔で眠っていたのは少し驚いたけれど。 もしかしたら、常人にはない特別な力を持っているのかもしれない。
 しかし、そんなことはどうだっていいことだ。
 ただ健やかに育ってくれさえすれば――例え何の取り柄もない凡人だって構わない。
 英雄だの、勇者だのといわれるものの人生がどれだけくだらなくて、寂しいものか、私自身がよく知っているから。
 妊娠した当初はどんな化け物が生まれるかと思ったりもしたけれど、産まれたのはごく普通の人間の赤ん坊だった。
 この子を抱き上げた時、魔王に受けた陵辱の記憶は、全て流れ去っていく気がした。
 いや――あの行為によってこの子を授かったというのなら、愛しくさえある。
 「あれが、母さんの故郷だよ」
 草原の向こうに見えるアリアハンの城下町を見ながら、私は愛しい天使に話しかける。
 草の上を進みながら、私は地下世界に消えた魔王のことを思い出した。
 何故、私に子供を産ませたのか。
 どうして地下の魔王に戦いを挑んだのか。
 結局、詳細は何もわからない。
 あの瞳に映る感情を、私は一度も読み取ることができなかった。
 それが、少しだけ寂しい。
 私はもしかするとあの怪物を愛していたのだろうか?
 よくわからない。
 母となった今でも、私には男女の機微がわからないでいる。
 わかったのは、交わる時の方法くらいだ。
 甘さや駆け引きを含んだ恋などとは程遠い。
 私は足を止め、風の吹き抜ける空を見上げた。
 空は何処までも青くて、風はあくまで穏やかだ。
 平和の香り。
 それが漂っている。
 「お母さんは……何て言うのかな?」
 今更ながら、それが心配でもある。
 あの母のことだから、怒るか、それとも哀しむか。
 もっとも、娘がいきなり赤ん坊を抱いて帰ってくれば、大抵の親は驚くだろうが。
 これからのことを考えながら、私はゆっくりと故郷の街へと歩き出した。



でんべえさんいらっしゃいませ〜
DQ3ものとは渋いですね…
勇者の凌辱シーンもさる事ながら、余韻の残る終わり方がなんかすごくいい感じです。
まあ、後々考えれば自分の異母弟がいるってことが複雑に感じられるかもしれませんが。
長編の投稿ありがとうございました!

ぎゃらり〜へ